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1964年のモニュメントとしての代々木競技場 2
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丹下健三による吊り屋根構造の国立代々木競技場が出来たときは、世界中の建築家の耳目を惹きつけたが、50年経過したいまはむしろ敗戦国日本が本格的復興に向ったモニュメントとしての風格がただよってきた(ようにみえる)


建築物の持つランドマーク性、歴史的シンボル性というものが、優れた作品には如何に強いかということがわたしのような素人にもわかるようになってきたのは50年という時間の経過によるものだろうか。
(東京タワー(内藤多仲と日建設計株式会社の共同設計)もそうだ)



ケーブルによる吊り屋根なので、当然屋根の端末からはケーブルが露出し、それを収めるアンカーが必要になるが、それ自体がデザインされた建築物となっている(三枚目の写真)


アンカーの方からケーブルと支柱を見るとなにか兜のようにもみえた。
切妻屋根の上に千木(ちぎ)が突き出しているので、神社の屋根を模しているようにも見える。


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ところで、2020年東京オリンピックの開会式場に予定されている神宮外苑の新国立競技場(国立競技場建替え案)について、1964年の東京オリンピック時の「東京体育館」の設計者だった槙文彦氏が新国立競技場の設計案が巨大すぎること、建物外壁の高さが70mにもなり外苑の歴史的景観への配慮に欠けることなどの問題を提起して、シンポジウムや個々の建築家からの意見などが散見されるようになってきた。わずか17日間のオリンピックの開会式・閉会式場のために8万人収容のスタジアムを恒久施設として建設し、以後どうするのかの見通しを示さないままではザハ・ハディド氏の宇宙基地のようなデザインもアンビルドの建築案に終るのか、それともそのまま強行されるのか?建設費は1300億円を上回るだろうといわれている。


東京オリンピックや全国各地の国体競技場の建設から得た教訓は、できるだけ仮設スタンドや仮設競技場にすることだったのだが。。
by aizak3 | 2013-10-02 14:34
三菱地所の丸の内改造構想はなかなか奥が深いな
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再開発後の丸の内パークビルディングは、地上34階、塔屋3階、地下4階、

容積率は基本の1,300パーセントに加え、東京駅の空中権買取分130パーセント、都市再生特別地区制度に基づく三菱一号館美術館の文化施設としての100パーセント、地域冷暖房プラントの設置による35パーセントをそれぞれ積み増しして、合計1,565パーセント。

つまり、本来分1300パーセントに付加分265パーセントが上積みされているところがミソで、
敷地面積11,931.79m²、建築面積8,470m²、延床面積195,593.04m²となった。


(自分がつくったものでも文化的価値が出ると公共的価値が生じ、その維持保存費用を誰が負担するのが公正なのかの問題だね)

しかし、「丸の内ブリックスクエアは、丸の内に芸術・文化を発信する三菱一号館美術館や、丸の内を象徴する緑豊かな広場を備えたオフィスビルです」という三菱の丸の内再開発構想を読むと、たしかに1号館(美術館に転用)あっての三菱だから、保存費用はかかっても総合的勝利者は三菱だったのかと思われる。


文化施設としては、建築学界から保存要望のあった旧1号館(コンドル設計)のレプリカ再現(免震構造とした上、博物館、美術館、カフェとして使用)、同じく保存要望のあった丸の内八重洲ビルディングの外壁部分の保存、敷地内ガーデン(1号館広場)が設置された。


一枚目、二枚目は、保存された丸の内八重洲ビルの外壁部分。
三枚目は保存された1号館の出入り口部分の階段。
四枚目は博物館となっている1号館の室内の窓から外部を見たところ。そんなに珍しくもないが、窓の最上部はハンドルによる遠隔操作で上向きに開くようになっている。


なんだか調べてみると三菱地所の丸の内再開発の用意周到さと奥深さを感じざるを得ないな。

★丸の内地区に「八重洲ビル」があったことに違和感を感じる人があるかもしれないが、もともと現在の丸の内地区に「八重洲町」があったためだ。東京駅の中央口もむかしは八重洲口だった時期がある。八重洲については当ブログの八重洲口で書いたので割愛。
by aizak3 | 2012-09-23 17:06