
四谷荒木町は路地と階段の街だ。
金丸稲荷東側の路地の突き当たるところ、急な坂を下るとぼこんと窪地になり左側に「津の守の滝跡」がある。この付近一帯はあきれるほどの急激な窪地になっていて、新宿通り沿いの山上?の土地とは階段で結ばれている(一枚目のマップの青線の「津の守弁財天」の辺り一帯。その様子は追って掲載予定)。なるほど四谷だとわかる地形だ。
平坦化された国道20号(新宿通り、甲州街道)を走っていては気が付かないが、この道路の右も左も一歩入ると坂である。
ちなみに、国道20号の新宿通りの交差点名では、この辺りは「四谷3丁目」になっているが、町名に四谷3丁目はない。この道路の北側は「船町」、「荒木町」で、南側は「左門町」「若葉」だ。
荒木町の町名のいわれはむかし荒木志摩守政羽(浅野内匠頭の赤穂城を受け取りに行った人)の屋敷があり、荒木坂に因むのだそうだが、もっともらしくて面白くないね。
ところで、荒木町と四谷伊賀町の一部は元高須松平摂津守家の上屋敷で、維新後解放されて遊園地となり、摂津守を「つのかみ」と略して読んだことから、この辺りの俗称となり、その土地の中央が窪んでいて大きな池になっていて、周囲は山に囲まれており、自然に湧き出す水は高さ4mの滝となって池に注ぎ、「津の守池」「津の守滝」と呼ばれた。山のあちこちに掛茶屋や大弓場ができて、春は花見、夏は滝を浴びる人たちで賑わい、淀橋「十二社の滝」・王子「名主の滝」・「目黒不動の滝」と並んで納涼場として親しまれていたんだそうであります。まあ、この窪地の落差をみれば、少なくともいま保存されている「名主の滝」に匹敵したかなとおもわれます。
訂正
四谷○丁目はないと書いたが、東京23区の区分地図帳を見たら、四谷1丁目から4丁目がちゃんとあるのを発見したので訂正します。
ただし、四谷2丁目、3丁目は国道20号(新宿通り=四谷大通)沿いの両側のビル一棟分だけの細長い地域だ。その裏は新住居表示未実施でむかしのままの町名である。