文京区、新宿区にはむかしの町名(地名)が保存されている地域が多い。
〇〇町〇丁目なんていうのは、すべて行政が管理の都合でつけた地割だ。
住民が住み着いてひとりでに呼ばれるようになった地名には〇丁目なんてない。
むかしの地名が残っている地域はおおむね小さいし、隣接する地名との境が入り組んでいてわかりづらいし、よそ者には便利なものではない。
それでは、なぜ行政による地名整理の嵐の中で生き残ってきたのかと思うと興味深い。
一枚目は新宿区(旧四谷区?)住吉町。この写真に写っている女性が立っている場所は「市谷仲之町」だ。
二枚目は新宿区(旧牛込区)市谷仲之町。外苑東通りと靖国通りの交差点「仲之町交差点」のすぐわきだ。市谷仲之町にある小学校名は「牛込仲之町小学校」だ。交差点名や小学校名や郵便局名は地名整理が断行された場合でも旧地名が残っていることが多い。区役所の力が警視庁やPTAや郵政省にはおよばなかった所為だろうか?
三枚目は外苑東通り沿いの市谷仲之町。右側の石垣は警視庁第四方面本部で、防衛庁と同じ敷地だ。
四枚目は大久保通りと外苑東通りの交差点「市谷柳町」を数歩離れた市谷山伏町だ。
柳町の交差点名(警視庁所管)は「市谷柳町」なのだが、都営地下鉄の駅名は「牛込柳町」だ。この駅は地図上では「原町」にあり、また柳町の町名は「市谷柳町」だ。
ちなみに新宿区は戦後、四谷区、淀橋区、牛込区の三区を合併したもの。
牛込の地名勢力圏は広い。現在は文京区に属する神楽坂をずっと下って神楽坂下で外堀を渡る早稲田通りの橋の名が「牛込橋」なのだ。
訂正1箇所
神楽坂を文京区と書いてしまったが「新宿区」の誤り。訂正します。
追加
住吉町は住民自らが町名変更を願い出た珍しいケースです。
もとは市谷村の一部だったが、明治11年、「市谷谷町」となる。
ところが「谷町」のイメージが悪いうえ、「市谷谷町」と谷の字が重なるので、市谷町と誤記されて郵便が混乱、誤配されるなどとして、昭和27年住民がおめでたい「住吉町」、「幸町」、「吉野町」のいずれかにして欲しいと名変更を申し立て「住吉町」が認められたとのことです。
こんなこともあるんですね。