


ご存知 原宿歩道橋の風景。
「風景」って気軽に使ったが、
「風景」ってなんだろう?
広辞苑をみると簡単に「けしき」「風光」「風采」とあるだけでてんで話にならない。
ウイディペキアでみると「類語の景観は客観的な景色、ランドスケープに用いて、主に都市など人工的なもの(用語例として「都市景観」)、風景は主観的な景色、ランドスケープに用い、主に自然に対して(用語例として「自然風景」)に使われることが多い」なんて書いてある。つまり曖昧語のようだ。
そこで、風景とは本来は
風土の景色という意味だろうと勝手に思うことにした。
風土とは風(大気)と土(地面)の触れ合いが生む地域ごとの生活様式・文化。風景とはその風土がもたらした景色。
その概念にはいずれも風(地理的自然環境)が本来含まれているが人間の反応(生活様式)も含まれている。
風はどこでも吹くから、風景は田園にも都会にもあるはずだが、風が生んだ地域の生活様式を無視した「
景観」だけでは本来の意味では「風景」にはならないのではないか。このへんが「風景」概念の主観的なところだろう。
原宿も昭和30年代(60年代)と比べれば地域のありようが大きく変貌したが、東京の他の地域(例えば隣接する渋谷)とは異なる原宿文化というべき独自色のあるものが形成されているので、これはこれで風景になってきたのではないだろうか。
余談だが
白川静の『常用字解』によれば、
「風」の字は本来は大気の動きの意味ではなく、大気の中にある風神を意味し、その風神が各地に出かけて風俗(土着的生活様式)や風物(土地独特の景色や産物)が生まれると考えられていたとされている。
(風が人に作用したのが「風采」「風体」で意味は「みてくれ」)
「なんとか風」の意味の「ふう」は様式の意味だが、これは「かぜ」が作用した結果のことだろう。
ついでに、
ウイキペディアによれば、「日本における風景の原義は、風光であり、景そのものではなく風と光の織りなすものといった意味があるとの指摘もある。[1] 景観と比較して、風景は自然が中心で・人工物は点景である。風景も景観と同じく主体との関係はあるのだが、これを鑑賞できる一定の教養を前提にしているから、その水準での主観性をもちやすい。日本三景、近江八景などはその例である。風景のほうは多分に心情的な面が強く、古くから使われてきたから市民的には使いやすい言葉である。 「風景」という言葉には、文学的・芸術的なニュアンスが多く含まれており、景観よりも柔らかで心情的な響きがあって、こちらのほうが的確に表現できる場合もある。文芸評論家奥野健男の『文学における原風景』は作者の心に内在する風景を取り上げたものだが、それ以来「原風景」という用語がよく使われるようになったとされる。これを「原景観」とは言えない」とされている。
わかったようでわからない言葉だ。ということは、
その使用法は各人ご随意にということなのか・・・