
東京駅の修復保存工事の囲い壁にいろいろ貼ってあるパネルから旧東海道線の有楽町・新橋間の写真を見つけた。内幸町から内山下町と場所の説明があるからわたしが写した#8の山下橋付近と同じ場所だろう。外濠にも連続アーチの全景が写っている。この部分は正式には「東京市街高架鉄道」と呼ばれてたんだな。
なにか戦後の東京オリンピック期に濠や運河や河川の上に続々と登場した「首都高速道路」に似た名称だな。いつも渋滞しているので「首都高」というのは「首都高架低速道路」の略なんだろうなんていわれていたっけ。つい余計なことを思い出したが、こちらは堂々とした帝都の「市街高架鉄道」だ。
もちろん当時としては「高速」鉄道でもあっただろう。またまたついでの話だが、東京の「営団地下鉄」の会社名は「帝都高速度交通営団」(現「メトロ東京株式会社」)だった。「高架」も「高速」も憧れだったんだな。

修復工事中の東京駅。同じレンガだと思うが、どうなんだろう・・・