煉瓦構築物を撮っているのか、「写真らしいもの」を撮っているのか、視点が定まってなかったなァ。
こういうものを撮るなら、もっと勉強してから撮らなければいけなかったんだな・・・
でも、財政難に喘ぐ明治期の、こういう無謀ともいえる膨大なエレネルギーの投入産物をみると
日本の近代化に向けた明治人の意気を感じるのは確かだ。
なにしろ、煉瓦の造り方を学び、運搬手段を考え、煉瓦工を養成し、施工する土木建築会社をつくり、
軌道の幅を考え、レールを敷き、信号を考え、汽車を輸入し、運転手や駅員を養成し・・・
なにからなにまで考えて作り始めた明治人の気宇壮大な意気が伝わってくる。
ちなみに清水建設は当初20人足らずの土木屋だったそうだが、辰野金吾が卒業生を送り込んで「近代日本」を
作り出せる会社にしたんだそうだ。
むかし読んだが、もうほとんど忘れてしまった本を思い出した。
藤森照信「明治の東京計画 」
石田頼房「日本近代都市計画の百年」