真善美が三位一体であることは理想だが、人間の心の中ではしばしば不善が真であったり、美であったりする、と扮装美術家森村泰昌がきょうのA新聞で言っている。
そういう面を持っているのが人間だという認識が欠落してしまうと「美しい」という(複雑で多義的な)ことばは死語となり、代わって「カッコイイ」から「カワイイ」が使われるようになって、それ以外の価値はすべて「ダサイ」になったのだと・・・。
これも、N新聞で読んだものだが、こういう現象の裏にはすべてのモノ、コト、ヒトを広告媒体化する大量消費時代に伴う価値観の画一化(メディアによる大衆操作)があるらしい。
「メディア」という言葉は第一次大戦までは触媒(化学用語)か霊媒・巫女(宗教用語)をさす目立たない言葉でしかなかったが、その後広告が企業のみならず国家にとっても重大な機能(戦争遂行や生産性向上など)を持つようになって、広告媒体の領域も新聞、雑誌、ラジオから、いまや歌謡(CMソング)、映像(TVなど)・写真はもとよりかつては媒体たりえなかった電話、手紙、メール(DM)、はては肉体(美容整形など)まで広告媒体となり商品化したのだそうだ。
メディアの限りない力が大量消費時代の生活や価値観を支配し、美意識も変化させる。
芸術家も商品化するということか。
私みたいにもはや生産とも、ましてや「ゲイジュツ」なんか無縁の人間は、現代の効率を追い、すべてを商品化する潮流と関係ないと思いたいが、メディアの巧妙な支配・浸透から逃れられない以上、いつまでも真善美は「カッコイイ」とは無関係だと頑固に思っていられないらしい。
以上はきょうの新聞雑感。