ネタ切れ起こしたのでしばらくニャロメだ。
早朝おふくろから電話がかかってきて「大変だよ、朝から脈がないよ。もうじき死ぬんじゃないかね」とおろおろ声でいう。おふくろは93歳。「話ができるんだから大丈夫だろう」といっても「寒いよ」「死ぬのは怖いよ」という。仕方がないので病院に連れて行くと先生には「どこも悪くありません。脈がないだけ。入院したのはお産と骨折したときだけです」なんて言っている。心臓の弁膜が悪くて血が逆流して不整脈で貧血症状が出るから時々ふらふらするらしい。それにしても92にもなってもやっぱり死ぬのが怖いかねえ、なんて不人情なことを思ってしまう。私も70過ぎだから、もういつ死んでも不服は言いませんと思っているが、本当にこのまま死ぬとわかったら怖いのだろうか。このあいだ新聞を読んでいたら、「いままでは人のことだと思いしにおれが死ぬとはこれはたまらん」という狂歌が紹介されていた。蜀山人は「生きすぎて75年食ひつぶし限り知られぬ天地(あめつち)の恩」とか殊勝なことを死ぬ間際に詠んだといわれるが、本当のところはちがうらしい。病で倒れた前日、きょうは気分が優れぬと大事をとってひらめの茶漬けを食って就寝、そのまま6日間眠り続け、うらやましくも大往生したらしい。
むかし、私が若い頃、ふぐ(しょうさいふぐ、毒は殆んどない)を釣って帰ったときに、私が調理して刺身にして、おふくろに食えといったら怖いからやだと言って食わなかった。仕方ないので私一人で刺身と鍋を平らげたが、ひらめの茶漬けなら一緒に食ってついでにわたしも死ねるだろうか。おふくろの病院通いも半年を越えてきたのでこっちが疲れてきた。で、病院に連れて行って待ち時間の暇つぶしにこんなことを考えたんだよ。