その3

本殿屋根


これは付近のお風呂屋さんの玄関屋根。周辺にお風呂屋さんは多い。
その4

穴守神社はむかし、羽田の海老取川を隔てた海(現羽田空港)を鈴木新田として埋め立てたところ、1804年(文化元年)頃(1818年という説あり)、堤防にしばしば波で穴が開き、作物が被害を受けることから、作物を司る豊受姫命を勧請したのが始まりとされる。穴守とは穴の害より作物を守ること。稲荷は稲の神様。
え~、海に田圃?と思うだろうが、
昭和12年ごろの穴守神社境内周辺地図を見ると、穴守神社境内周辺に確かに田圃の地図記号がある。
戦前の穴守神社周辺は、当然江戸時代とは違うだろうが、北側に東京国際空港、その南に隣接する羽田江戸見町は航空関係用地、そのさらに南の海老取川に隣接した地区が羽田鈴木町、その東の海に面した地区が羽田穴守町だった。海岸は海水浴場(潮干刈場)、神社周辺は門前町で、釣堀などもある一大歓楽地だったようだ。
ところで,戦前まで穴守稲荷のあった場所は、
昭和12年頃の地図で推定すると、現在のB滑走路の南端あたりではないかと思われる。
ところが敗戦直後の昭和20年9月、羽田空港を占領した米軍から48時間以内全住民退去の命令が出され、住民のみならず、穴守神社も退去させられたが、穴守橋を渡ってすぐのところにあった大鳥居だけは空港内に居座っていた。
しかし、それも羽田空港第二次拡張事業の際に、環状8号線延伸事業の邪魔になり、現在の弁天橋際に移設された。それでも空港内にあるには変わりないが・・・。
余談だが、そもそもお稲荷様とは何か?。
日本にお稲荷様をつれてきたのは秦氏だともいわれている。
稲荷のお使いあるいは本尊は狐だ。狐が宝玉を銜えている。
狛犬(高麗犬)がいないのが不思議だ。