あちさん(暑い) 喜屋武岬
ひめゆりの塔で知られる沖縄南部が島民を巻き込んだ激戦地になったのは、米軍の侵攻が約2ヵ月半、遅れたからだ。
米軍は昭和20年4月1日、沖縄中部の北谷(ちゃたん)、読谷(よみたん)地区(いまの嘉手納、普天間基地のあるところ)に上陸し、13日には北部のやんばる辺戸岬まで制圧した。
ところが、南部に侵攻したのは、5月21日に那覇、喜屋武岬は6月21日だ。ひめゆり部隊の悲劇はこの後のこと。
高台はすべて日本軍の迎撃拠点となり、また付近の砂岩に掘った洞窟に立てこもったのだ。投降する島民から機密(そんなもがるとすれば)が漏れることを恐れたのは当然だろう。
沖縄の日本軍は本土決戦の時間稼ぎのための軍隊で、島民のためのための軍隊ではなかったから、島民に投降より自決を迫ったのも当然だろう。
このきれいな海でかつて戦争があり、その証拠に、いまも膨大な面積を占める嘉手納、普天間の基地があるのだ。
米軍進攻の詳細は下記
http://www.peace-museum.pref.okinawa.jp/heiwagakusyu/1/big.html

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HDが物理損傷を起こして、みなさんからいろいろご心配いただいたが、消えてしまったSDカードの方はどうやら復元可能のようだ。HD160GBもお金無尽蔵なら復元依頼ができるが、200MBにつき2万円ぐらいかかるらしい。
諦めるより仕方なさそうだが、このブログ写真300KB程度だけが残されたわけだ。ところが、EXCITEブログは保存機能がない。
どうしたらいいのか。
by aizak3 | 2007-07-18 19:55 | okinawa
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