「山の手、下町」考
私のブログは街撮りなので、タグは場所別になっている。
すると飯田橋は「山手」なんだけど、なんかそういっていいのか迷った。
それで、「
山手」「
下町」について
「wiki」で調べてみたところ、以外に面白いことがわかった。
「下町」とは通常二つの意味を持つ言葉として用いられているようだ。
一つは
「地形的な意味」。東京の地形は手の掌のように東京湾に向かって武蔵野台地東端部分が延びているので、崖線の下の部分が「下町」。台地が「山の手」。
これが、第二の
「社会的な意味」の区分、つまり、武家、町民の居住地域に、江戸時代は合致していた。
台地上にあったのは軍事的に優位な大名・大身旗本屋敷、その周辺に中級・下級武士などが居住。
海と川で囲まれた低地にはそれが流通に有利な町民が居住した。
そこで、面白い現象が生じた。麻布十番などは、台地上の武家地に入り込む小さな谷沿いの町民地に由来する地名で、「
山の手の下町」と呼ばれるそうだ。
昨今「下町歩き」で有名な「
谷根千」は、本来は谷中が寺町、根津が下町、千駄木が下級武家地となるそうだ。
で、肝心の「
飯田橋」はどうなんだというと、ここを「
牛込神楽坂」とすると、紛れもない「山の手」だったが、「神楽坂」(江戸時代は坂ではなく階段だった)に関東大震災以後、日本橋・銀座方面から商人が流入して夜店が盛んになると、「
山の手銀座」といわれたそうだ。
つまり、同一の場所でも、時代とともに社会的機能は変動するので、山の手の下町が生まれ、下町の山の手も生まれる可能性があるということだ。