青森県はむかし十和田湖や八幡平に観光で行ったが、まちを見たことはなかった。陸奥、陸の奥、この表記はもちろん平安朝廷によるものだが、調べて見ると、それが指す地域は著しく変遷していた。だが、それは略す。
「陸奥」と書いてなぜ「むつ」か。六州だった、ということらしい。よみでは「陸奥」と書いて「みちのく」と読んだ時代もあるらしい。みちのおく、
「おくのほそみち」を書いた芭蕉はどこまでいったか。津軽までは行かなかった。
「五所川原」「ひろさき」「のへじ」「あおもり」すべての地名がわたしに魅力的だった。
東京からの交通手段には迷ったがマイカーにして、一挙に青森まで行った。
弘前

弘前は津軽の城下町だから立派だろうと思っていたら、案に相違して低層疎閑の小都市だった。城下町らしいのは、禅林三十三寺地区だけ。弘前城も外からは見えない。太宰じゃないが、悪口めくのが嫌だが、立派だったのは葬儀屋に飾ってある見本の花輪だった。なんと、花輪の中に一升瓶と缶詰がぎっしり埋め込まれていた。
青森
県庁所在地で、きっと官庁の出先もあるのだろう。ホテルはサラリーマンで一杯だった。

ホテルで教えられた居酒屋で一杯。ホタテの貝焼きは付き合い、藤壺の壷焼きはめずらしい。居合わせた鉄道サラリーマンからシモキタ、津軽の情報をいろいろ聞く。あすは紹介された下風呂温泉のホテルに泊まることにした。ここをでて、繁華街裏町を一巡、ホテルに帰る。なんだか得した気分





