
むかしは田無で一杯といえば「坂平」くらいしかなかった。看板に百年の伝統と書いてある。百年前といえば明治45年(大正元年)。

田無宿明治・大正復元地図にあるように、いまも坂平と隣り合っている。

野崎屋も昔どおりの場所にある。

地図にある田中まんじゅう屋は旧駅前通の左側にあって、いまも同じ場所に田中ビルがある。田中ビルの一階は定食屋の「くい亭」となっている。この写真の「たなかや」は街道の北側だから地図にある田中まんじゅうではないが、たなかが経営する洋食・酒房かもしれないと思って撮った。田中ビルの方は宿の面影はないので撮らなかった。

街道沿いのビルとビルの間にけっこう広い路地があってへんな建て方だなと思って覗いてみると旧家の屋敷が見えた。
どうなってるんだと思って入っていくと門の奥の玄関に大型犬がいて、それ以上近づくと吠え付くぞといってるので家人が出てきてトラブルになるのは敵わないので退散した。

看板建築の本屋。復元地図にはないが古そうなので撮っておいた。

本屋の隣の田無で唯一のビジネスホテル。戦争中に石播や住重の工場が疎開してきてシチズン時計の工場も出来て戦後の一時期まではは流行ったのだろうが、住重も石播も撤退。跡地はマンションになった。いまは出張ビジネスマンも少なくなっただろう。昼間の健康湯もやっている。

この地図の登記所の位置がどうも腑に落ちない。
いまの登記所の位置は道路一本西側の田無警察の南側の辺りだ(地図上の南側田無用水の用の字の当たりか)
坂平、末広の裏が登記所になっているが、この場所は現在再開発ビルが建っている位置だ。