二枚目は巨木の根を六道能化(ろくどうのうけ)地蔵尊に見立てたものらしい。
自然の造形というだけでは済まされないなんとも異世界を思わせる木の根である。
(しかし六道能化を左りから書くものなのかな。この立て札は現代書きなんだ)
ところで六道能化地蔵とは六道の辻にたって死者を導き、六道にわたって衆生を教化する地蔵。
この地蔵の奥は墓地になっている。
六体の地蔵さんがいるので、蝋燭立ても六本ある。
くわしくは「More」に記載した。
三枚目はことしの野外彫刻展のアート作品。このリングを作った作家の意図はわからないが森の中に置かれていると巨大な数珠のように見えた。
日本では死後の世界を六道とするところから,墓地を六道原という。
六道原の入口には地蔵菩醍または六地蔵がまつられているが,これは地蔵を六道能化(のうけ)といって,六道全部の救済者とするからである。
六道とはすべての衆生が,死ねばその生(しよう)の業(ごう)に従って輪廻転生(りんねてんしよう)するという6種の世界。
業によって趣き住む所なのでこれを六趣(ろくしゆ)ともいうが,六道は悪趣ともいって苦の世界である。
すなわち天道,人(にん)(間)道,修羅道,畜生道,餓鬼道,地獄道をいい,このうちとくに畜生道,餓鬼道,地獄道を三悪趣(さんなくしゆ)(三悪道)という。
人間道が苦の連続であるのは云うまでもないが、面白いのは仏道から見れば天道も苦の世界と考えられていることだ。
天道は天人の世界で人間の世界の人道に比べればより楽多く苦の少ない世界ではあるが,天人にも死苦があり,死に先立って五衰をあらわす(天人五衰)。
すなわち衣裳垢膩,頭上花萎,身体臭穢,腋下汗出,不楽本座の五相で死に至ると考えられている。
(しかも成仏していないので、死ねばまた輪廻転生しなければならず、その業(ごう)にしたがってつぎは畜生道に落ちるかもしれない)
地獄道の凄まじさは古くから絵図、絵巻で表されている(鬼に苛め抜かれる血の池地獄、針の山地獄など)。
人間は死んでしまえば何にも無くなるのではなく、生まれ変わって六道に赴くのがフツウで、苦を知らない仏の世界に成仏出来るものは少ないという嚇しの要素があるところが仏教の特徴であろう。
人間死んだら終わりでは仏寺は成り立たないからね。
でもそんなことは離れて仏教思想を気になる法典から気ままに拾い読みすることは楽しい。