昨日、秋の彼岸総供養に参加して帰宅途中何十年ぶりかで駒沢オリンピック公園に立ち寄ってみた。
駒沢競技場は1964年の東京オリンピックの都内会場のうち外苑、代々木と並んで三大競技場の一つで、もともとは戦争で辞退した第12回オリンピック(1940年、昭和15年)の東京オリンピックのメーン会場になる予定の会場だった。
1964年の東京オリンピックでは、駒沢の競技場ではサッカー、ホッケー、レスリング、バレーボールが行われた。バレーボールで日本女子が対ソ連戦を制して金メダルを獲得し「東洋の魔女」となったのは駒沢の体育館のバレーコートでだった。
その体育館が老朽してママさんバレーの練習中に天井から照明等が落下してあわやの事態となった話は先日の代々木体育館のブログで触れたが、昨日その体育館に行ってみたら5月から平成28年12月まで老朽化による補修工事のため閉鎖中だった。
最後の写真はオリンピック終了後の昭和41年に水泳場が開設されたことを記念する東京都の東京オリンピック記念碑。
駒沢競技場までのアクセスは当時玉電(路面電車)しかなかったので、選手村(現代々木公園)からの移動や観客の移動はバス輸送によることとし、バスと混雑する人との接触を絶つために、競技場間の連絡にはペデ構造が取り入れられ、駒沢通りの歩行者の横断にはペデに続く広幅員の歩道橋が架けられた。