あれから50年後の姿である。
廃墟・遺構・遺跡として撮ろうと思ったのに堂々踏ん張っている。
さすが建築物個体ではなく「代々木の森」の将来を見通して全体を設計し独占できた丹下健三の機利の勝利である。
嫌だった丹下の作品を撮っているうちに釈伏されて賛賀する写真になってしまった。
ここはNHKに隣接して場所がいいので若者が絶えない。
1964年のオリンピックで使われた都立の駒沢体育館ではかなり前の話だが、ママさんバレーの練習中に突然天井の吊り照明が落下したが、さいわい選手のからだをかすめたので人身事故には至らなかったという。
事故が起きれば維持修繕費が付くが、そうでなければ都立でもなかなか維持管理費は付かないらしい。