高度成長期の出発点となった1964年の東京オリンピックは、東京タワー、新幹線、首都高速道路の着手と並んで代々木の広大な「ワシントンハイツ」の米軍から日本への返還、その跡地に建設された丹下健三の国立代々木競技場の斬新なデザインで世界の注目を浴びた。
第一、第二競技場のいずれも吊橋と同じ原理による優美な吊り屋根構造の建築物で、収容人員は第一は9112名、第二は3195名の大規模建築物であったが、広い敷地にペデストリアンデッキで結ばれ、ペデの上にはほとんど吊り屋根しか見えない構造で水平方向の広がりを強調していた。
神宮の森に配慮した抑制された高さであった。
オリンピック終了後も各種の競技会場として利用されたが、メイン施設の競泳場は辰巳に国際競泳場が建設されたので、現在ではビッグな競泳大会場としての使命は追え、むしろプールの上に蓋をしてコンサートなどのイベント会場として利用されている。ただし設計が古いので音響はよくないとのこと。
遺構と呼ぶにはまだ早いかもしれないが、この広々とした空間に浮ぶ吊り屋根を見ていると同時代を生きたものにはさまざまな郷愁を呼ぶ施設である。
★オリンピック選手村として使われた現在の代々木公園、NHK放送センター、渋谷区役所・公会堂もすべて「ワシントンハイツ」の跡地である。