小滝橋通りを中央線を潜って淀橋市場へ行ってみた。
ここは旧柏木5丁目にあるのに淀橋市場という。
なぜ淀橋かというと明治22年に柏木村、角筈村が統合されて南豊島郡淀橋町が成立し、昭和7年には大久保などとともに東京市に編入されて淀橋区が誕生、淀橋区役所の隣に、昭和14年(1939年)に東京市の築地本場の淀橋分場として開設されたからだという。
小滝橋通りを歩いて見ても何にもない予感。
仕方ないのでガードを撮ってみたり、市場の門を撮ったり、裏に廻ってみたり。
青果物はスーパーで扱っているので、まちの八百屋は半減したと市場のHPにも書いてあった。
この市場の開設に功績があったのが、杉並の井荻村の青年村長内田秀五郎で、井荻村の将来を見越した先駆的耕地整理のみならず、淀橋分場の開設と共に東京新宿青果株式会社を設立、農業振興に尽力したそうだ。
この人は地元荻窪駅の開かずの踏切が農産物出荷の障害になっていたので、その解消に尽力したり、青梅街道の改良に尽力したり、と農業生産の整備と流通、市場整備と活躍、井荻村(杉並区)の発展に大活躍したんだな。戦後東京都議会議長