この風景になにかコメントをつけることは複雑すぎる。
なにせタイトルだって困って適当につけたんだから。
一枚ずつの写真もよく見ればいろんなことが想像できるが、それは見る人の勝手に任せる。
ところで、川べり(呑川)は付近住民の散歩ルートの一つであり、周遊も橋があるから可能であり、本門寺山門の石段の高さ長さも適当なので、老人を含む地元民の散歩、マラソンコースになっている。
本門寺の山門を出て、門下の日蓮宗の寺が立ち並ぶ敷地の一画に、一本の木柱が塔婆のように立っていた。「平等の戒名永遠の供養 家の墓から個人の墓へ」
日蓮は一切衆生済度の大乗の立場からか先祖崇拝の家族主義、国家主義の臭いが強いが、日蓮宗でも、墓については「個人墓」推奨の時代になったのだろうか。
まあ、現代では「先祖代々の墓」といっても、その墓に入るのは法的には存在しない「家督相続」的な祭祀承継者だけがほとんどの実情だから、「個人の墓」なんていわれなくたって、長男以外は大抵別に「墓所」を用意せざるを得なかったのだが。。
もう、墓石に「〇〇家先祖代々の墓」なんて彫り付けるのは流行らなくなったのか。
ともかく、こんな木柱を見たのは初めてだった。
個人的には法名(戒名)なんてものは要らないが、遺された者が付けたがるのはなぜだろう。
(もっとも、寺の方から戒名いりますかなんて聞かれた家族もいないだろう)