紀元前からの歴史を刻んで流れるチャオプラヤー川
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画面中央右手に見える寺院が三島由紀夫の小説で日本人にも有名な「暁の寺」である

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チャオプラヤー川はMYANMAR(BURUMA),RAOS、CANBODIAの三国に挟まれたタイの中央を流れる大河である。


バンコクを中心とする中央湿地帯では、農業用あるいは運搬用に運河が掘られ、世界でも有数の稲作地帯に発展した。
このチャオプラヤー・デルタ(三角州)では、古くから簡単な耕作法でも王国の全領民が食しても余りある米が収穫できるので、交易(輸出)用に回されてきた。


現在のタイ領土内の歴史は古代文明としては、紀元前1500年頃まで遡るが、タイ族がこの地に入ったのは中世の1200年ごろ、雲南から南下したといわれ、タイ族の王朝が成立したのは1257年にスコータイで建国したスコータイ王国だとされている。
つまりタイ民族はタイ領土内の新民族なのである。


それ以前は、現在のタイ領土では、モン族(現在では中国雲南、ラオス、ベトナム、ビルマ、タイ北部に少数民族として存続している)、カンボジアのクメール王朝、ラオス、ビルマなどが属国としての王朝を立て争ってきたようだ。


モン族は、現在のタイでは北部山岳地帯の標高千数百m以上の高地に住む少数民族であるが、紀元前1500年頃には東南アジアに到達していたとされ、その後、紀元前300年ごろにスワンナプーム王国を(現タイ領)に建国している。


モン族はその後も1000年頃まで東南アジアで繁栄し、モン文字などを開発し先住の文明民族として東南アジアを統治していたといわれる。


ところで、チャオプラヤー川と呼ばれる川は、ナーン川とピン川が交差する地点、ナコーンサワン県で始まる。


延長 372 km,平均流量 883 m³/s,流域面積 160,000 km²、
水源は ナーン川、ピン川、ヨォン川、ワン川 、河口(合流先)は タイランド湾であるが、
チャオプラヤー川は チャイナート県で、ターチン川とチャオプラヤー川に二分され、
ターチン川はチャオプラヤー川と平行に流れたのちタイランド湾に達する。


チャオプラヤー川が濁っているのは低地帯から運ばれる泥の為である。


川に面したホテルの桟橋からパン屑を投げれば、大型のナマズがうようよ生息しているのがすぐ分かる。


インドの最初の統一王朝であるアショーカ王が、紀元前200年頃、タイのドヴァーラヴァティー王国(モン族)に上座部仏教を伝えたとしている。


ともかく、タイの文物流通路であったチャオプラヤー川は、幾多の王朝の歴史を刻んでちゃぷん、ちゃぷん、いまも流れ続けているのである。

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by aizak3 | 2012-12-17 16:57
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