早朝、帰国のため空港に向った。
タイトルは「夜明けの空港道路」でもよかったのだが、「あけぼの(曙)」という言葉を使ったので、気になって一応確かめてみた。
夜は朝に向って、次のように時刻別に呼ばれるらしい。
あかつき(暁) 古くは夜から朝にかけての刻限を「あかつき」→「しののめ」→「あけぼの」と区分した。あかつきは日の出前のほの暗い時刻。暗い方に重点があった。奈良時代には「あかとき」といい、平安時代から「あかつき」となった。いまでは「成功の暁には」などと事物が一変する瞬間をさす。
暁は現代の当て字。日がとおるだから明るい方に重点があるようだ。
しののめ(東雲) 曙よりやや暗いころと考えられる。東雲は当て字で語源とは無関係。語源にはいくつかの説がある。その一つは、古代の住居では明かり取りの部分に篠竹を編んでおり、その篠竹の目――網目の部分――がから光が差す頃との意味で「篠の目(しののめ)」が用いられるようになった。
あさまだき 夜の明けきらないころ
あけぼの 「ぼの」は「ほのぼの」「ほのか」などと同源で、夜が明け始め、東の空がほのかに明るんでくる状態。 しののめより明るく、あさぼらけより暗い。
あさぼらけ 夜のほのぼのと明けるころ。「 あけぼの」より少し明るくなったころ。 「ぼらけ」とは「おぼろ」と同じ。ぼんやり。空が黄ばみ始めたころ。戦争中はあさぼらけが流行った。「わが大君(おおきみ)に 召めされたる 生命いのちはえある 朝ぼらけ たたえて送る 一億(いちおく)の 歓呼(かんこ)は高く 天を衝(つ)く いざ征(ゆ)け つわもの 日本男児(にっぽんだんじ)」
ちなみに、三島由紀夫の作品『豊穣の海 第三部 暁の寺』の舞台になったことで知られるワット・アルン(暁の寺、夜明けの寺)の絵葉書は、文字通り夜明けの真っ赤な空に浮かぶシルエットの「夜明けの寺」を撮影したものが一般的だ。
このイメージと三島由紀夫の作品は無関係だが、三島がどんな意味で「夜明け」ではなく「暁」を使用したのかはわからない。