古都アユタヤの外郭付近である。クルマは圧倒的にトヨタである。
以下はwikipediaからの切り張りである。
アユタヤは1351年 - 1767年に存在したアユタヤ王朝により建設され、一時はラオス、カンボジア、ミャンマーの一部を領有するほどの勢力を持ち、米の余剰生産力と貿易によって栄えたが、1767年にビルマ(ミャンマー)の攻撃を受けてアユタヤ王朝が消滅すると同時に、アユタヤ市内の建造物や石像は徹底的に破壊され、ほとんどの寺院は廃寺となり、王宮も台座を残すのみとなった。
(仏像は肩口で切断され、頭部は存在しない)
仏教国であるが、インドから中国やチベット、日本等の地域に伝わった北伝仏教の大乗仏教に対して、アショーカ王の時代にインドから主に南方のスリランカ(セイロン島)、ビルマ、タイなど東南アジア方面に伝播した南伝の上座部仏教(釈迦の戒律を風土・環境の差を問わず厳しく守る)の仏教国である。特に「空」の思想を根本教義とする大乗仏教からは、「説一切有部」を説く上座部の大勢力は激しく攻撃され、小乗(自分ひとりの悟りを求めて大衆を救済しない)の仏教と非難されてきた。
しかし上座部の瞑想法は現在、世界で再び注目されるに至っている。
★アユタヤに干渉・貿易した国家
ポルトガル、オランダ、イギリス、スペイン、中国、日本(山田長政・御朱印船貿易:日本の輸出品=刀、銀、傭兵(供給源は諸国浪人と弾圧されたキリシタン)。 日本の輸入品=鹿革、陶器)