村山団地 再訪 9  おわり 団地の風景
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団地西側の外郭道路からみる風景。かつてはテラス式団地が連なっていた。
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新青梅街道から見たひまわり畑と西側の隣接住宅街
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ひまわり祭り会場入り口付近
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第17ブロック集会所脇の松原
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団地西側の外郭道路から見た赤土で土盛りされたひまわり畑




わたしが、この村山団地の「庭造り」に感動して、テラス式住宅の庭を1年余りに渡って撮り続けるきっかけになったのは、石川栄耀という生活者の町を重視する都市計画者が作った映画を見たことによる。

石川栄耀という優れた都市計画者は、じつは戦中戦後の東京都庁にいた人で、戦中は「防空都市計画」と称することで、かねてからの悲願だったロンドンのグリーンベルト構想(田園都市構想)を東京に実現しようとした。その名残りの一例が今日の小金井公園や神代植物公園である。

彼は市民共同主義を都市計画の根底におき、市民交流の場としての「広場」の機能の重要性を強調し、市民の交流を活性化する都市建設を基調に、瓦礫と化した東京の戦災復興計画を推進したが、「都民がまず喰うことが第一」という終戦後の極度の食糧難と物資不足の実情に加え、東京都の財政難の壁にはばれ、実現できたものは「戦災復興区画整理」など一部に過ぎなかったが、彼がなにを考えていたかは、彼が作らせた(無念の)映画「20年後の東京」で見ることが出来る。

わたしがこの映画をはじめて知ったのはNHKの教養番組だったかも知れない。(当時、ペテレスブルグ建設史やNYのウオール街建設史、パリ改造史など連続して放映していた)
戦後すぐにこんなことを考えていた人がいたのかと驚愕し、彼の思想(市民の日々の交流の中から民主主義を育てるという考え方は、今考えれば関東大震災後の同潤会によるアパート設計思想を明らかに引き継いでいる)に感動した。

いま、この映画は「youtyube」でみることができるのを発見した。
終戦直後に作られたこの映画を見て、彼の思想に感動しないものはいないだろう。


戦後すぐに都市計画家石川栄耀が描いた映画『20年後の東京』の理想

その1. http://www.youtube.com/watch?v=NTH64cucRpg&feature=relmfu

その2. http://www.youtube.com/watch?v=wilsbidHRnw&feature=relmfu

その3. http://www.youtube.com/watch?v=hPmQYYpyeEA&feature=relmfu

その4. http://www.youtube.com/watch?v=1wGdpEds6nU&feature=relmfu


http以下をコピーしgoogleなどの検索欄に貼り付けてください。
都市復興に興味を感じる方なら一見の価値があると思います。


戦後の都営住宅は、当初は厳しい財政事情の中でも石川栄耀の理想にそって建設運営されてきたのではないか。
都心は別にして中野や杉並など終戦直後はまだ郊外地区であったところでは、庭付き一戸建ても数多く建てられた。(多くは後に「払い下げ運動」が起こり、払い下げられてしまったが。。)

遅れて建設された武蔵村山という超郊外でも、もはや一戸建てではなくテラス式共同住宅になったとはいえ、庭付き住宅と集会所兼小公園広場が建設されたのは、市民共同体をまちづくりに重視する石川栄耀の理想主義の残滓がこの当時まだ残っていたからだろう。
by aizak3 | 2012-08-09 12:39
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