明治神宮の参道は北(裏)、西、南(表)の三つがあるが、どの参道から進んでも、参道脇を囲む樹木は大木が多いから、その内部もさぞ鬱蒼とした大樹で覆われているだろうと想像しがちだが、参道外の森の回遊路からみると、そんなことはない。
むしろ大木は少なくて、ひょろひょろした中木や、ヒコバエのような低木でウジャウジャ覆われていて、荘厳な森というより、雑然とした手入れのされていない森という印象の方が強くなる。
これが、「植生遷移」による「自然林化」の結果なのだろうか。
大正4年(1915年)、社殿を囲む森の造営に着手したとき、植えれた樹木の種類は365種約12万本だったという。
それが、昭和45年(1970年)の調査時には247種17万本となって、樹木数は5万本増えたが、樹種数は117種減少している。
造営当初は、台湾、朝鮮、日本各地、つまり、当時の日本支配地(天皇支配地)から「献木」を受けたが、樹種の減少は代々木の地に適したものだけに純化していく「植生遷移」の過程なのだろうか。
それにしても、鬱蒼たる大木の森ではなくて、ひょろひょろした木が多いのはなぜなのか?
もうじき、創建100周年を迎えるのである。終戦直前の空襲で焼失した樹木が多かったとしても、すでに67年経っているのである。
創建当時の造林計画では、この森は100年後のまさに、いま現在、広葉樹の「極相期(クライマックス)」を迎えるはずだったのに!
森の大木はB29による空襲で焼失した社殿の再建に部材として利用されてしまったのだろうか?(それにしても戦後67年経過!!)
(表参道から入る社殿直前の第三鳥居は第二鳥居より明らかに新しい。しかも鳥居の片側の柱は途中で接木されている!!なぜ? )
それとも本多静六が主導したと言う「植生遷移」による森造りとは、もともとこういうものだったのか?
森や植物学を知らない者の素朴な疑問だ。
それにしても毎年150億円の収益をあげるという宗教法人「明治神宮」はそのカネをどこに使っているのだろう?
森を見ているうちに、こんな下世話な疑問もわいてくる。