明治神宮には、本来の明治天皇のモニュメントとしての貌の外に、神社として七五三・結婚式場となるのは当然として、外苑に対して内苑とよばれるこの森の一郭に武道・弓道場、芝生広場もあり、22万坪(73ヘクタール)という広大な敷地全体が参道を含めて、国民をふわ~っと呼び込む仕組みになっている。
しかし、その本来の目的は、維新によって新生した日本を「総覧」して、近代化を進めた明治天皇が「神格」を得て、永遠に国民にその遺徳を偲ばせ、天皇制国家をゆるぎないものにするところにあったのだ。
欧米列強による植民地化の危機を脱して、近代化に「成功した天皇」が「神」になった場だったといってもよい。
戦前の「明治神宮」は内務省神祇院が統括する国営別格官幣大社だったが、戦後、マッカーサーの指示による政教分離令で、内務省神祇院が廃止されたため、その後継組織として生まれた宗教法人「神社本庁」傘下の宗教法人「明治神宮」となって、国営は廃止された。
しかし、外苑を抱える明治神宮の収益力は絶大で、国営を禁止されても経営難に陥ることはない。
外苑の野球場、ゴルフクラブ、テニスクラブなどの運動施設、明治記念館などの多数のレストラン・売店などによる収益は150億円ともいわれる。
正月だけで300万人を集めると言う明治神宮の威力の大きさに匹敵する場所はそうザラにはないだろろ。
大体、「神宮」と言う呼称だって、天皇のご先祖様とされている伊勢神宮が、本来、正式には「神宮」と言い、かつては「神宮」といえばここだけを指したのに、いまでは「明治神宮」が出来たために、区別して「伊勢神宮」と呼ばれるようになった。まさに「本末転倒」だ。
明治神宮は、現在は天皇家とも、国家とも直接関係のない宗教法人であり、(明治天皇の御陵は京都伏見桃山であり、天皇が明治神宮に参詣する機会はめったにない)、もはや明治天皇の御遺徳をお護りするだけで、巨大収入が得られるうまい仕組みは他を圧するだろう。まさに明治大帝の威力の賜物である。
ついでに、神社本庁とはなにか、神社本庁傘下ではない有名神社にはどんな神社があるのか、については「more」に要約しておく。
戦前は内務省外局の神祇院が、全国の神社を伊勢神宮を「本宗」として、その祭神、いわれによって細かく分類して「社格」を定め、各神社の宮司になるための資格も定めていた。
天皇家のご先祖を祭る伊勢神宮は、神社の「本宗」であるから、「社格外」となっていた。
明治神宮は、神祇院による国営の「別格官幣大社」であったが、戦後はマッカーサーの政教分離令で、神社局・神祇院が廃止されたので、その後継組織である宗教法人「神社本庁」傘下の被包括宗教法人となり、「別表神社」(人事に特別の扱いを要する社格の高い神社)に指定されていたが、2004年に神社本庁との包括関係を解消し、独立した「単立神社」となった。
そのいきさつは、どうやら、明治神宮創建50周年記念に際して、ときの耄碌した宮司が天皇両陛下の御参詣を仰ぐに際して、ご案内状に「両陛下」と記すべきところを、誤って「両殿下」と記してしまったという事件があったようで、その処分を巡るもののように推察される。(確証無し)
この事件に際し、明治神宮は、「神社本庁」からは猛烈な叱責を食らい、宮司更迭の指示が出た。
ところが、巨額の収益があり財政的に悠々自適であった「明治神宮」は、逆に「神社本庁」傘下から自立して、「単立神社」になってしまったのだはないかと推測されるのだ。
しかし、どういう理由によるのか不明だが、2010年(平成22年)8月23日から、再び神社本庁は明治神宮の被包括関係を設定した。
神社本庁は傘下の神社の社格を定めたり、神社の宮司・禰宜の資格を定めたりしているが、神社本庁に属さない「単立」の神社もかなりある。
有名なところでは、鎌倉宮、日光東照宮、靖国神社、出雲大神宮、伏見稲荷大社などがある。
出雲大社はもともと不仲だったらしい。
伊勢神宮はもともと社格制度外の「全国神社の本宗」とされているので、「神社本庁」には属さない。(伊勢)神宮が管理する宮社が125社あり、俗に神宮125社と呼ばれる。
「神社本庁」の仕事は、全国の神社を統制下においてきた「神祇院」と実質的には変わりないようだ。
なお、全国の神社に権威を振るう「神社本庁」の立地場所は、明治神宮の北参道の入り口近くの一隅にある。