このあじさいは、一見したときはキタナカッタ。
少なくとも他のきれいな花に比べれば美しくはなかった。
しかしキタナイ所に趣があった。
それを引き出そうと思ってホトショップでいじったら迫力の代わりにキレイ方向にずれてしまった。
やっぱり全く汚いという華はなかなかない。
善人なおもって往生を遂ぐ。いわんや悪人をや。
しかるを世の人つねに日く、悪人なお往生す、いかにいわんや善人をやと。
この条一旦そのいわれあるに似たれども本願他力の意趣に背けり。
この逆説的で、一人残らず救ってやるぞという弥陀の本願は、私のようにいまごろE-1を買って、なんとかあじさいを撮ろうとしている貧愚者救済の本願だと理解した。
先日、「数珠」の話を紹介したが、浄土真宗の信徒の数珠は一つで24珠あり、それを四つ持つことで合計108珠となり、念仏を唱えながら、108珠を一つずつ手繰ると108煩悩を滅却できるのだと言う。
やってみようかと思ったが、わが家には数珠が二つしかない。