多摩の高幡不動尊金剛寺に、あじさいを撮りに行ったら、妙に色っぽい観音菩薩像があった。
この観音像は、山門(不動尊入り口の仁王門ではなく、境内の大日堂に至る山門)をくぐる手前に立っているので、いやでも目に入るのである。
左側に回りこんで、菩薩像を眺めると、男性的な四角い顎の張った菩薩が、類を見ない形で妙に腰をくねらせていた。
そこで、また、右側に戻って、山門手前の参道からこのアングルで菩薩像を撮った。
しかし、なぜ、このような妙に艶っぽい観音像が、高幡不動と言う真言宗(智山派)の寺に立っているのか?
それが非常に気になった。
買ったばかりで、まだ積読中の『華厳経』(中村元 東京書房)を走り読みしたら、『入法界品(にゅうほっかいぼん)』の中に、裕福な子の「善財童子」が発心して、五十三国の五十三人の「善智識」の教えを乞いて放浪する中で、ヴェスミトゥラーという遊女に会って教えを乞うた時に、遊女が答えた衝撃的な一節の経文を見つけた。
「正しい真実の道を求めているのに、まだ心が定まらない者は、わたしを抱きなさい。わたしは既に清浄の法門を得た者である。もし、わたしを抱いたら「摂一切衆生」という三昧を得るだろう。わたしに接吻したら、「諸功徳蜜蔵」という三昧を得るだろう。放心してすべての執着から離れることが出来るだろう(すべて私の意訳・要約)」(上記書248頁)
漢訳経文の読み下しでは次のようになっている。
「我は已に離欲実際という清浄の法門を成就せり。もし、天が我を見なば、我は天女となる。もし人が我を見なば、我は人女(にんにょ)となる。非人が我を見なば、我は非人女とならん。形体姝妙(あでやか)に光明の色像も殊勝にして比無し(絶世の美人ということ)。もし、衆生にして欲に纏われる者ありて、我が所に至りなば、皆悉く欲を離れ「無箸(むちゃく)の境界(きょうがい)」という三昧を得せしめん。もし、我を見ることあらば、「歓喜」という三昧を得ん」
(注、抱擁・接吻の件(くだり)は、中国では儒教思想に合わないので、当初は梵語の発音をそのまま表音表記する超難解な当て字で表記していたが、後には改変され削除された,と同書の巻末の中村元の注にあった。上記の経の「見る」の意味は「欲する」と解するべきだろう。なお、「歓喜」という表現には「性的な」意味が含まれていると中村元も解説している。もちろん仏教的には、この歓喜は欲を離れ煩悩を断ち切った仏の世界に触れた者の「歓喜」である)
わたしは、この菩薩像の艶っぽさを、真言宗金剛寺が多分この説話に基づいて、製作したからではないかと思う。
そう考えると、この艶っぽい菩薩像を理解出来る気がして、一応気持ちが落ち着いた。
ところで、肝心のあじさいの写真(わたしの見方)の選別は、この菩薩像の決着をつけるのに手間取っていたので、まだ、まとまらない。(笑
★この「入法界品」の説話が気になった人が多いようなので、少し付け加えることにした。
それはヴェスミトゥラーという遊女が離欲実際という清浄の法門を成就せりと言っていて、既に菩薩の位に達していたので、仏界に赴かんとしていたところ、先輩の遊女に反対されたという話である。
あのな~、わたしたちは、一切衆生のもとにいて、煩悩に悩めるそれらの者に、仏の道を教えてあげるのが仕事である。遊女をやめて自分が仏になることが仕事ではないんやで~、
といわれたという話である。なんだか阿弥陀仏が法蔵菩薩のときに立てた48の誓願に似ている。
この先輩遊女の説話がホントに「華厳教」の中の「入法界品」の中にあるのか、単独の「入法界品」の諸経の中の一つにあるのかは知らない。
長くなるので、それ以下は「MORE」に記すので気になる人は下段の「MORE」をクリックしてください。
これが華厳の思想(経)が形づくられていった古代インドの世界での話です。
ここで中村博士が注目しているのが、女でも仏になれるという思想です。また遊女と言う身分でも仏になっれるという思想です。
つまり華厳の思想では、仏の世界に至る者に、男女の差別がなく、身分階層(カースト)による差別もなかったことです。
それだけでも華厳の思想は、インドでいかに革命的な思想であったかがわかります。
入法界品の善財童子の受けた教えの形を変えた(影響を受けたのではないかと思われる)ものに、有名な親鸞の「六角堂の夢告」=「女犯の夢告」=「女犯偈」がある。
はじめに断っておくが、ここで「女犯」というのは、単にフツーの男が女を犯す、女と交わるということではなく、「女人禁制」の仏教の戒律を守り修行中の修行僧が女と交わることで、これが「犯」の意味(戒律を破る)である。
比叡山で修行していても悟りを得られず仏果も得られず、性欲にも煩悶していた29歳の親鸞が比叡山を降りて、聖徳太子が建立したといわれる京都の「六角堂」で、救世観音(聖徳太子の化身と信じられていた)に悟りの道を100日祈願していたときに、救世観音が「夢告」に現われ、次のように次げた。
行者宿報設女犯 我成玉女身被犯
一生之間能荘厳 臨終引導生極楽
行者(=親鸞)、宿報(因縁)にて(性欲を断ち切れず)設(たと)ひ女犯(にょぼん)すともそれなら
我(救世菩薩=観音菩薩の別名=聖徳太子の化身)、玉女(ぎょくにょ)の身と成りて犯せられん
一生の間、能く荘厳して(一生の間お前と連れ添って立派に飾り)
臨終に引導して極楽に生ぜしめむ(かならず極楽に生まれ変わらせてやる、安心せよ)
救世菩薩此文を誦して言く、此文は吾(救世菩薩の)誓願なり、一切群生に説き聞かすべしと告命す、斯告命に因て、数千万の有情(民衆)にこれを聞かしむと(親鸞は)覚はて、夢悟めおわりぬ
この夢告により、親鸞は法然の弟子となり、妻帯しても救われることを信じて妻帯し、民衆にも難しい戒律を修行を完成させなくとも救われる道があることを説いて、飢饉と戦乱の世で浄土真宗を広めることになったという話だ(この時代、念仏者は地獄に落ちると一般には信じられていたらしい)
ところで、この「夢告」の解釈は「女犯」不要というのではなく、「観音様」を信じて心で抱きなさないというのもあるようだ。ややこしいので以下は省略。