鉄砲洲という古い町のいま 3
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きょうは湊の路地の光景。風景と呼ぶにはなにかわだかまりがある。


大伝馬町を撮ったきっかけは、通りすがりに見えた街並みに気を引かれた(このときはカメラを持っていなかった)ので、あらためて行ってみたのだった。大伝馬町という地名も気になっていた。

入谷の町内を撮ったきっかけは、「恐れイリヤの鬼子母神」を撮りに行って、入谷の町内を歩いてみると、江戸以来の下町の「風格」を感じて、撮りまくったのだった。まさに「恐れイリヤした」だった。


それで、今回の湊の場合はと言うと、文明開化の地の明石町(慶応義塾も明治学院もこの地が発祥地)の隣町で、街路構成はしっかりしているが、印刷関係が多い街という印象で、白状すればそれ以上の関心はなかったまちだ。
それなのに、このシリーズのはじめに書いたように、なんとなく足を向けたのだが、このまちも古い街なのだから、行ってみれば「きっとなにかがあるはずだ」という軽い期待があったからだ。


ところが、入谷や大伝馬のようにストレートに「うん、これこれ」というものはつかみにくい。

鉄砲洲(鉄砲の試射情があったことによるとも、州の形が鉄砲に似ているからともいう)という古い地名の痕跡や隣町の明石町の文明開化の影響の残滓や古くは入船川に入ってくる廻船の荷揚げ場だったと言う「湊」という地名のいわれが語るものがなにか見つかるといいのだが。

ともかく再開発途上という感じの町だ。
by aizak3 | 2012-05-02 12:48
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