[ここは再開発が進む新宿東京医大通りの横丁の路地を入ったところにある「天壇」という中華料理店とその裏側の風景である(新宿6丁目)。
これだけで、興味を失われた方は、ほかの方のブログにどうぞ。
別に機材の紹介も出来ない。技法の紹介も出来ない。(もともと、そんな難しいことは知らない)
ただの日常の感情の赴くままの記録です。
場所的には不相応な「天壇」という立派な名前に惹かれて入ってみると、先客はかなり人生に年季を入れた婆さんが一人だけだった。
婆さんはすでにもうビールを一本空けていて、マーボらしきものを肴に二本目の大瓶に着手したところだった。
店のTVは東北のガレキの広域処理の必要性と受け入れ側が現われない現実の困難性を放映していた。
婆さんは「何でみんなで助け合わないの」と大声で云うと私に同調を求めた。話し相手が欲しかったのだろう。
私は素直に同調しておいて、「そうですよねー。新宿の人ってみんな文化人なんだなあ」とお世辞を言った。
すると「わたしなんかフクシマのコメだって平気で食うよ。いまさら放射能なんて怖くない」と言い出した。
私が注文したワンタン(雲呑)が来た。「洗面器」のように大きな丼に、たっぷりしたスープ。たっぷり入った刻みネギの間に、ワンタンがふわふわわんさか入っていた。
私は運動神経がよかったヒロシマ出身の親友が、かみさんを貰って子が出来たら「ぶどうっ子」で流産したことや、それまで元気だったソイツがある日突然「白血病」になって、死んでしまったことを話した。
店主もびっくりしたように私の話を聞いていた。
きっと、自分にも思い当たる話を聞いたことがあるのだと思った。
先客の婆さんは、自分が原爆の長崎の出身で、戦後、東京に出てきたこと、あちこち住いを変えたが、ここに落ち着いてから、もう40年になるのだということを話し始めた。
すると、突然勢いよく入ってきた爺さんが、いきなり「ビールとお新香! キュウリで好いや」と馴染みの口調で言った。
「(言われなくたって)もともとキュウリしかないっ!」とママは応えた。
この中華店は亭主を失くした初老のかみさんが、一人でやっているのだが、なぜか姐さんでもかみさんでもなく、ママと呼ばれていることがさっきからの話でわかっていた。
次に入って来た客(これも爺さん)は「日本酒とお新香、えーと、それとマーボ」と静かに言った。
するとママは「お新香はナスが終っちゃったからキューリだけ」と今度は少し丁寧に応えた。
それから、みるみるうちに地元の爺さん連が次々に入って来て、店内は都合7人になった。
ここは地元の溜まり場だったようだ。
爺さん連とママのやり取りを聞いていて、先客の婆さんと私は顔を見合わせて笑った。
なぜって言えば、きのうはお新香にナスの漬物もあったのだが、今日は手に入らなかったから、お新香はキューリだけだとさっきママが私たちに言っていたからだ。
「ナスが終っちゃった」のは、ホントは昨日の事で、今日ははなから「なかった」のだった。
「痴楽綴り方教室」にもならないお噺でした。