この写真は、江東区・江戸川区に跨る全国最大の「防災再開発」が行われた亀戸・大島・小松川地区を、両区の境を流れる旧中川べりの風景で代表させてみたものです。
再開発実施面積はなんと98.6ヘクタール。大きすぎて全部撮ることは出来なかった。
(大島駅から撮れば地区全体を見渡せる写真が取れたかもと思うが、知恵が廻らなかった)
ところで、いつまでも寒い日が続いていますね。
ことしは「30年に一度の異常気象」と気象庁が発表した。
日本が寒いのは北極圏の寒気が中緯度地域に流れ込む、地球規模の「北極振動」という現象が原因とのこと。
気象はともかく、首都直下型などマグニチュード(M)7級の地震が南関東で4年以内に発生する確率は70%に高まったとの試算を、2月23日、東京大地震研究所がまとめていたという報道が最近あった。こちらはもっと不気味。
きょう、3月10日は「東日本大震災」から、ちょうど1年目。ガレキ処理もまだ。放射線除去もまだ。
仮設の人たちの生きる気力がもう崩れてしまうのではないかと心配。
人的被害は死者15,854人、行方不明 3,203人、 負傷者26,992人、計 46,049人で、 阪神淡路大震災での死者 6,434名 、行方不明者 3名、 負傷者 : 43,792名を大きく上回ってしまった。
経済損失は阪神大震災は10兆円だったのに対し、東北は去年3月時点推計で16兆円(原発事故の影響含まず)だった。
農業再開不能、漁船無い。水産加工工場目途つかず。住む家がない。あるのはガレキと放射線。苛立つ心。
なにより東北大震災の特徴は1年経ったいまなお34万人を超える避難民が戻ってこられないでいることだ。
原発問題は単なるエネルギー政策の範囲を超えて、文明の転換問題を提起しているが、農業漁業問題ももはや従前復帰はありえないだろう。1次産業のあり方、農民漁民の生き方の問題を提起している。それは地域を越えて日本という国全体の文明のあり方、人の生きかた、産業のあり方の転換へと必然的に問題を提起していくだろう。
きょう、3月10日は度重なる東京空襲の中でも最大の被害を出した江東方面大空襲のあった日。
死者8万4千人、焼失家屋26万8,358軒。
江東方面の被害が大きかったので江東大空襲と記憶されがちだが、実際は下谷区、浅草区、本所区、城東区、足立区、神田区、麹町区、日本橋区、本郷区、芝区、荒川区、向島区、牛込区、小石川区、京橋区、麻布区、赤坂区、葛飾区、滝野川区、世田谷区、豊島区、渋谷区、板橋区、江戸川区、深川区、大森区と広範囲にわたっていた。

この航空写真は東京都のHPからちょっと拝借。
荒川にはスパー堤防が築かれていた。
油で燃え上がる水がマイナス1.5mの低地帯に押し寄せることを想定して、耐震設計され、不燃化建物群に囲まれて造られた巨大な避難広場によって、周辺住民だけが助かるという事態が本当になる日が来ないことを祈るばかりだが、首都直下型の巨大地震が起こることを否定する者はいないのだ。