浅草橋 9 今回のまとめ(おしまい)
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銀座4丁目で登り亭裏の路地を発見したことから、神楽坂の裏通りのフツーの生活道路風景を再編してブログにUPすることになり、ついでに東京の芸者の格付けの変遷を調べたので、次は柳橋でも行ってみるかと思って、浅草橋で降りたら急に街撮りしてみることになった。


カメラを持って街を歩いてみるのと、所用のために(といってもわたしの場合はあるギャラリーに行くためだが)浅草橋に来るのとは全然違う。
所用で来るときはやけに立ち呑み屋が多い駅だなと思う程度だが、カメラを持って街をながめると、大袈裟に言えば街の成り立ちや構造に関心が向く。はじめはそうでなくても、撮っているうちに段々そうなる。

もともと東京の街の歴史に興味があるから、ぶらりぶらり目標もなく歩く街撮りが好きで、撮った後では必ずといっていいくらいまちの歴史を調べてみるのが暇つぶしの趣味になっている。

ところで、浅草橋という町の歴史だが、ググっても適当に詳しい説明は出てこないが、この町が形成されたのは江戸後期らしい。
浅草橋という橋には奥羽地方から江戸に出入りする門として幕府の見付が置かれ、浅草橋という町は日用品雑貨を扱う問屋街として発展して行ったらしい。

現在では全国有数の人形問屋街として有名だが、問屋の数はビーズや装飾小物問屋の方が歴史も古く数も多く、その他地区に追随を許さない種類の多さから利用者に重宝されているらしい。
その他では包装材、店舗装飾財問屋、文房具などで、人形以外はいずれも地味な問屋街だ。


それはともかく、ここでなにを撮りたかったのかといえば、関東大震災後の震災復興計画による整然とした街路と歴史を感じさせる街並み、それを強調するかのようなJR総武線の高架下の商店街などが相俟って醸し出す歴史の古い街並みの雰囲気だった。(いっそ侘びしさと言い切りたいが言いよどんでいる)
いずれにしても一般の繁華街のような華やかさや雑多な活気はないが、それは浅草橋問屋街が形成されてきた地理的条件にもよるのだろう。


橋を南に渡れば衣料品では全国一の馬喰町・横山町問屋街(1500店)だし、すぐ西は秋葉原電気街だし、北は浅草大観光・歓楽街が控えている。
食品や飲食は西北に御徒町・上野広小路さらには湯島天神下歓楽街が控えている。

浅草橋問屋街はそれらに囲まれて独特の問屋街としてやっていくしかないのだろう。
ということは、この街の雰囲気は急には変わらないだろう。

今回はJR周辺にとどまったが、次回は蔵前通りまでまち歩きの足を伸ばしてみようと思う。
by aizak3 | 2011-11-07 14:24
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