ここは松原を背にした白砂の風光明媚な海水浴場だったはずなのだが、防波堤をかねる階段状のテラスは無事だったが、その内側の松で囲まれた海浜公園は目茶苦茶に破壊されていた。
復旧費用の補助金申請の確認のためなのか町役場の人が二人で確認に来ていて、向こうから「ここはほんとにきれいな公園だったんですよ」と残念無念そうに説明してくれた。
往時のきれいだった姿は破壊された現状からでも十分想像できる。
小さな町だから、この自慢の公園を完成させるのにも構想から費用の調達まで多大の時間と努力があっただろう。
それが津波で無残に破壊されて、もはや復旧の目途もつかないとなれば町の役人はさぞ無念だろう。
公園の間を海沿いに走る道路は通行止になっていた。
七ヶ浜町の各地域の被害写真は、下記の町役場のHPにあります。
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http://www.shichigahama.com/jishin/shinsaiphoto.html
これで今回の東北大地震被災地をめぐる旅の写真はお終いです。
一昨日だったか、野田首相がちょっと現地の一部を視察して、現地の農産物を食ってみせ、「被害は想像以上でした」とTVで語っていました。
これには「え、えーっ」といまさらながら驚きました。
いままで、どんな報告を受け、どんな状況だと想像していたのでしょうか?
そうなのです。
自分の生身で、破壊された現場に立ち、ガレキの発する臭いを嗅ぎ、無人の荒野から被災地の復興を自分の頭で考えることと、TVの映像や官僚の報告資料から「大局的に」考えることは全然別なことなのです。
わたしも今回駆け足の旅でもいってみてよかったと思っています。
「百聞は一見にしかず」格言どおりの旅でした。
それにしても津波が作り出したガレキの量は膨大で、半年経ったいまでもまだ仮置き場に続々と集積中で、一体いつになったら本格処理に着手できるのか見当もつきません。
ガレキ処理が終らなければ、復旧も復興も始らないはずなのに。
こんな現状では、仮に建築禁止が解除され、無謀な現地復旧が許されたとしても建築着手出来る筈がない。
さらに、津波の被害を軽減する防災復興をどうするのかは、住民の意見を聞いてという民主主義の手続きがあるから、発案者が勝手に決めるわけには行かない(というより、そもそも具体的な復興案がないのではないか)。
「防災復興計画」はだらだら時間が経過するうちに、結局立ち消えになってしまうのではないかという危惧を感じざるをえません。
10月10日、A新聞の報道によれば、津波の被災各地で高台などに移転したいという住民の意向が強く、浸水地を再び居住地にすることはないと答えた自治体は、宮城では南三陸町ほか1町のみ。岩手では普代村のみ。福島では浪江や相馬など6市町とのことでした。
ともかく、津波浸水地を再び住宅地として再活用することを検討している市町村は7割に上るそうです。
防潮堤建設についての政府基本方針も当初の過去最大級の津波に対応からダウンして、今回の津波高から3分の2から3分の1への水準が9月から岩手県、宮城県に示され始めたようです。
記事の詳細は「more」にまとめて掲載しました。
朝日新聞社による被災市町村担当者への浸水地を居住地に再活用するかどうかの聞き取り調査結果。(10月10日朝刊)
被災3県(岩手、宮城、福島)の沿岸37市町村の担当者に朝日新聞が聞き取り調査した結果。
津波浸水地の居住地としての再活用 7割の市町村が検討中。
浸水地を使う上での対策は多重防御が多く挙げられている。
・海岸沿いの道路・鉄道の堤防化(石巻市)
・津波避難ビル、避難路の整備(石巻市)
・浸水地を2,3M盛り土(岩手県山田町)
・防災緑地の整備(福島県いわき市)
※ 国(政府)の防潮堤建設基本方針
従来は「過去最大級の津波」を想定して対応
7月改定 「数十年~百数十年に一度の水準」に引き下げ
これに伴い、岩手、宮城両県には9月から防潮堤の高さの基準を示し始めた。
それによると、
南三陸町(今回の津波高20.5M)⇒8.7Mとする
すべての海岸で今回の津波高の3分の2から3分の1程度に引き下げ。
浸水地を居住地に再活用するかどうかの聞き取り調査結果の市町村別詳細。(10月10日朝刊)
浸水地を活用する 宮城県 松島町(浸水したが被害ほとんどなし)
検討している 岩手県 陸前高田市、宮古市、釜石市など9市町
宮城県 気仙沼市、塩竈市、など8市町
福島県 いわき市 1市
住民の判断待ち 岩手県 大船渡市
活用せざるを得ない可能性大 岩手県 田野畑村
宮城県 石巻市、東松島市、女川市、岩沼市
福島県 広野町、楢葉町
活用せず移転 岩手県 普代村
岩手県 南三陸町、山元町
福島県 新知町、相馬市、南相馬市、浪江町、双葉町、富岡町
未定 福島県 大熊町