東北の被災地の現場を見て置きたくて、急に思い立って、なんの準備もせず、出かけた旅だったが、東北道のSAで簡単な地図を買ってもどう行けばいいのかわからなかったので、SAで給油したついでに道順を教えてもらい、一関ICからとりあえず気仙沼に出て、気仙沼⇒陸前高田⇒気仙沼⇒南三陸⇒石巻と戻ってくると、もう6時を過ぎて、撮影には不適になったので、宿を探したがどこも満室。あきらめて仙台まで戻ってようやく一夜の宿にありついたことはすでに書いたが、翌日はまた松島に出て、そこから海岸沿いに塩釜⇒七ヶ浜(吉田浜⇒菖蒲田浜海水浴場)と一泊二日の強行軍で駆け足で回ってきた。
もう一泊できれば、もっと余裕のある旅程を組めたのだが、あいにく翌日には所用があり東京に帰らざるを得なかったことが残念だった。
ところで松島は、松島湾口に点在する小島のお陰でツナミの破壊的被害はまぬがれていた。
それでも瑞巌寺の長い参道の中ほどまで浸水したという標識が建っていたが、瑞巌寺前の観光商店街も湾岸の公園も半年後の今では、ほとんど被害の形跡は認められなかった。
浪打浜地区の林の中の狭い散歩道を行くと小さな浜に一本の木がボートともに打ち上げれており、その少し先のヨットハーバー際に若干のガレキの堆積場があるのみだった。
だが、松島以南にツナミも被害はなかったのかといえば、そんなことはない。
この後、海岸沿いに走って、見た光景の塩釜地区も美しかったはずの七が浜も、被害は甚大だった。
極論すれば、東北大震災は地震M9の被害ではない。
このプレート型大地震に伴う巨大ツナミ災害なのだ。
それは、地震災害だけしか想像できない普通の全国の地震経験による経験知をはるかに絶している。
そこに、原発事故というプラスアルファが加わったのが今回の「東北大震災」だったのだ。
最も見て見たい所はフクシマ第一原発地域だったが、そこは立入り禁止区域地域だった。
半年も経ったいま、なぜ、ガレキ処理も進んでいないのか。
これこそ、今回の大震災の巨大さと特徴ではないだろうか。
以下は平常に戻り、「観光」に励む「松島」風景です。

