
気仙沼は江戸時代からフカヒレで有名な漁港。フカヒレ産出量はいまも全国一。
岩手と宮城の境に位置するが、どっちかって云えば岩手県側。もとは現在岩手県の陸前高田を含めて海側は仙台藩に属していたので、気仙沼はいまも宮城県。
地図でお分かりのように、気仙沼湾の入り口に気仙沼大島が控えているので、ふだんは沼のように波穏やかで、それで気仙沼になったという。
しかし、901年に、藤原時平らによって記された古代日本の歴史「三代実録」には「計仙麻(ケセマ)」として載っているそうなので、アイヌ語が地名の起源かもしれない。
東京・目黒区とは「目黒のさんま」が縁で姉妹都市提携を結んでいる。「目黒のさんま」祭りは被災後のことしも、9月18日気仙沼のさんまで実施されたとのこと。

この二枚は気仙沼観光のメーンストリート、東浜街道(県道5号線)に面した大島航路のカーフェリー乗場の広場の光景。
半年経ったいまもなぜ放置されているのかは不明。
以下は、メーンストリートから見たツナミ被害。
土台だけ残して更地になった家は多分木造だったのだろう。
鉄骨造りやコンクリート造りは被害を受けながらも残骸がいまも残っている。
だが、使用不能となったこちらの方が後始末(復旧)はかえって大変そう。
今回の東北被災地探訪はどうしても自分の目で見ておきたくて行ってみたものだが、なんの事前準備もせず、地図も持たず、所要時間の予測もせず、宿泊先も決めず急に出かけたのは失敗だった。
まだ通行止めのルートがあるからカーナビの地図を見ながら海沿いに行けばいいというものではない。
惨状と復旧の模様は次回にゆずって、wikipediaに高台からみた気仙沼の被災状況写真があったので、それを以下に転載する。
また、気仙沼と提携している「目黒のさんま」祭りのHPに、わたしの写真よりもう少し前に撮られた写真が載っていたので、それを「more」に転載した。ぜひみて欲しい。
アニメーションGIFです。マウスでさわると変化します。