砂丘は砂の丘。砂以外に何もない。
だから、人が来る。
砂丘が飛散しないように防護柵もできている。
当然、周辺住民のためには、砂が飛んでこないように、砂防林がある。
でも観光客は砂防林は観光しない。
砂防林を抜けて、砂丘を越えて、海をみる。
風に煽られた海の飛沫を浴びて、帰ってくる。
なにを感じたのかは人それそれ。
ああ、死の無限と名づけられたタクラマカン砂漠(塔克拉瑪干沙漠)に行って見たいな。
いや、せめてゴビの砂漠で「小便」してみたいな。
もう、まごまごしてられないんだが・・・
宇宙衛星から見た砂漠↓
http://chigaku.ed.gifu-u.ac.jp/chigakuhp/dem/efs/sat/desert.html
一枚目はいまのわたしなら、もう少し空を詰めて、下の砂を多くしたと思う。
砂にこそ、そのとき撮るべき対象であったのだから。
そう思うと、過去の写真をギンミするのも、いまに至る自分の人生を振り返る意味では非常に面白い。
それは、写真の巧拙の問題ではない。もともと、ヘタ自認で、どうしようもない感性なら、自分が気になっているものだけに集中すればよかったのだ。