「ニチョーメ」は、江戸時代は「内藤新宿」という準宿場として栄え、関東大震災でも焼けなかったので、戦前は赤線として栄え、戦後マッカーサーに禁止されると青線となり、さらにゲイバー街へと転進し、不死身の色町として栄えてきたが、ゲイが市民権を得て芸能界にも進出し、ゲイバーも都内各所に散在してめずらしくなくなると「2丁目」の独自性は薄れて衰退し、現在は往時をしのばせる古い建物が残る観光地となった。
新宿区内でも高層化はまだ進んでいない場所で、そのことが新宿文化の「フーカク」を感じさせる場所となっている。
御苑帰りに散歩する若いカップルも多いので、また変身せざるを得ないだろう。