平和祈念像の画像

不動明王画像
西望は平和祈念像制作以来、なんだか平和祈念一念だったかのよう。
不動明王は最高の仏陀大日如来の化身とされ、右手に煩悩を絶つ倶利伽羅剣を持ち、左手に邪悪を捕縛し、邪道に落ちた人間でも正道に引き戻すための縄を持つ姿が一般的だそうだ。
背景の火焔は仏界(天界)を煩悩から守る火界。
わが国には空海が持ち帰った画像とされ、煩悩邪悪に対する憤怒の相で、一切衆生を救うまでここを動かじと磐石の上に座すのが一般的。しかし、立像も多数あるそうだ。
曼殊院蔵立像。火焔はない。

醍醐寺蔵坐像

不動明王の解説と図像は、wikipediaから。
西望の図像は立像で火焔を背負って、平和の一念を祈念する不動明王なのか。
さて、こちらは
「人類の危機」

「怪傑日蓮」
この二つの彫像は井の頭自然文化園では、対置して配置されている。
一方は、鬼の様な角を二本生やした気弱そうな悪魔が、円盤投げのような格好をして、右手に何か円盤のようなものを持っている。
銘版に刻まれている文字は「人類の危機」。
ということは、投げつけようとしているものは原爆だろうか?
長崎の平和祈念像を制作した後の昭和33年作。
なんといっても、悪魔の品格に欠ける気弱な表情が気になる。
日本語の悪魔とサタン、デビル、デーモンの違いはどこがどう違うのか調べてもよく分からないが、
少なくともサタンは創造主の神に次ぐ知性の霊的存在で、人の心に入り込み、神に背き、敵対するように仕向ける者のようだ。神と同じく死滅することはない最高の知性の持ち主。
核兵器(悪魔の兵器)が最高の知性の産物だとすれば、彫像もサタンを表現するのがもっともだが、神に次ぐ「最高の知性」の持ち主サタンがこんな情けない姿で現れるのだろうか?
「我が輩」の「デーモン(小暮)閣下」に聞いてみたい。
こんな格好じゃイブを誘惑して、「禁断の木の実」を食わせることは出来ないんじゃないか?
これはサタンではなく、その配下の悪魔(デビル)ではないか?
悪魔には厳然たる階級が存在するというからな。
ところで、対置されているのが「怪傑日蓮」像。昭和29年作。
これも平和祈念像製作中の彫像だが、「人類の危機」よりはやく完成したことになる。
はたして、悪魔の彫像と同時に手がけられたものかどうかはわからない。
この二つを対置させることが西望の企図だったかどうかもわからない。
だが対置されて見せられると、悪魔退治の主役が日蓮というのがわからない。
法華経を信奉するだけで、甘い言葉をささやく最高の知性に勝てるのだろうか?
べつのコーナーに「光に打たれる悪魔」という立像がある。
大正6年の作品で、こちらは身をよじる普通の男の立像。
このポーズのために「悪魔」と題しただけなのかどうかはわからない。
まあ、細かな詮索や思想的な問題よりも、それぞれのこの肉体表現をみよ、ということなのか。