わんさかごろごろ北村西望 5 西望の女性像
乙姫様
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乙姫様はなぜ左胸だけが大きいのか?それはむかしの日本人ならわかることなんだが・・

小鳥を持つ少女
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笑う少女
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若き日の母親
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井の頭自然文化園のパンフレットによると、北村西望は明治17年生まれで、同45年に東京美学校(東京芸大)を卒業、大正10年同校教授、昭和26年平和祈念像試作に着手、同30年平和記念像完成、同62年満百二歳で逝去となっている。
西望97歳のとき、皇太子殿下(現天皇)ご夫妻によるアトリエ(井の頭自然文化園内の一郭にある)訪問を受け、100歳のとき、都知事であった鈴木俊一の白寿表敬をアトリエ(同所)で受けた。


どういう経緯があるのか不明だが、戦後昭和28年以来、井の頭自然文化園内の工房に住まいし、ここで戦後の作品は制作されたらしい(警備員のおじさんの話)。

したがって、多分ほとんどの作品がここで見られるわけだが、男性の肉体美(健康美)が生涯の一貫したモチーフだったようだ。


明らかに、女性美の讃歌者ではないから、女性像も少ないわけだが、その人が作った女性像が海の桃源郷の「乙姫様」(一枚目昭和48年制作)、小鳥を持つ少女(二枚目)、笑う少女(三枚目昭和41年制作)、「若き日の母親」(四枚目昭和51年制作)。
四枚目なんかパーマをかけた現代的髪形の女性だが、背負われている子供は「禅的」な風貌の子供だ。

どうもこれらの女性像も戦後一貫して制作された「平和祈念像」の表象のようで、生の女性からなにかを表現しようとしたものでは無いように見える。


戦前の作品もそうだが、どうもこの人は時局にすぐ影響される正義漢だったようにも思える。
(昭和13年、憲法発布50周年記念「板垣退助伯像」、国会中央ホールで除幕式。戦前作品に「日朝満三少女像」もある。昭和51年、皇居新宮殿に「天馬」奉納)


戦後は一貫して平和祈念が脳裏を去らなかったようで、それを生来のモチーフの男性の肉体美(骨格美)を通して表現しているようだ。

生の女がどうのこうのなんか関係ない。だから、「自由の女神」も「宇宙時代ーー月神」も一見女らしい形をしているだけなのだろう。

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だが、この女性像の面影には共通したものが見られる。誰なんだろう?
by aizak3 | 2011-01-15 11:42
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