初冬 わがまち 12
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こりゃ、なんじゃらほい、というこんな写真を何が気になって撮ったのかなと考えていて、かなり大それたことを思いついた。
ほんとの「閑人妄語」だから、お忙しい人は無視してください。



普段は眼を向けない平凡なものでも、おやっと思わせるときがある。それは平凡なものにも、一瞬光が作用するときだ。
眼が美しいと感じることの本体は一瞬の光(光の瞬間性)だけにあるのではないか。
時間が違えばもはやなんの注意も惹かなくなるのが普通だから。

これは日の出や日没を考えてみれば当然のことだと思い当たった。
日中の平凡な風景でも、日の出や日没は光の特別な演出で物語を作り出す。


それでは光こそが美の本体なのか?
絵画で考えてみると、光の輝度・陰影なしには、どんな絵画も成立しないだろう。デッサンでも。色のコンポジションだけの抽象絵画でも。絵画は光の瞬間性を永遠化しようとする試みなんだろうか。


そう考えてみると、自分が気になって撮ったものには、光に触発された自分の感情があるはずで、問題はそれが他人にも伝わるかどうかだけだ。
他人への伝達可能性を無視するなら、そんなことは問題にならないが、それでも残るのは自分が撮った写真を後でみて、自分の感覚・感情をしっかり反復できるかどうかということだ。

自分の写真を後で出来るだけ言語化してみることは撮った後の楽しみが一つ増えることにはなるだろう。
しかし・・・さあ、大変なことになってきた。

この写真のどこが自分の気を惹いたのか、これから「分析・考察」しなければならない。
これは一日中暇人にとっても大変なことだ。大変な思い付きを書いてしまったものだ。


サルバドール・ダリの言葉が甦る。「意味なんて聞かないでください。わたしにもわからないんだから」
大家だからいえる言葉だ。この位の大家になると、本人がわからないという絵を何とかわかろうとイヤホンを耳に突っ込んでじっと絵を見ている人もいる。
by aizak3 | 2010-12-25 11:58 | ご近所
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