後楽園といえばドームか遊園地だと思うのが現在の常識だろう。
だが、本来は水戸徳川家の広大な上屋敷の庭園の名前なのだ。
この庭園を後楽園と称するのは、君主の心得、「先憂後楽」にもとずく。
(なんという大大名の独りよがり。でも、政治家には必要なことかもね)。
(庭園内の休憩施設「函徳亭」に朱舜水(儒学者)の扁額が掲げてある)。
藩主が生涯江戸詰めだった水戸徳川家の広大な上屋敷跡のほとんどは、株式会社後楽園スタジアム(→現在は東京ドームシティー株式会社に改称(読売系))に占拠され、往時の姿を留めるのは、この庭園だけとなった。
岡山の後楽園と区別するため後に小石川を冠称し「小石川後楽園」という。
小石川後楽園というのに、現在の所在地名は東京ドームもドームホテルも小石川後楽園も新住居表示では後楽1丁目になった。