六本木〇丁目という町名は昭和42年の新住居表示の実姉で生まれた町名で、六本木が東京の繁華街として急成長したのは1980年代後半のバブルに浮かれたディスコブームだったようだ。
一時は数十軒のディスコクラブが林立し、地方からも若者が殺到して、お立ち台に立つことを競い合った。しかしバブル崩壊とともにほとんどの店が閉店した。
戦前、兵隊の町(歩兵第三連隊など)だった六本木が、なぜ戦後繁華街になったかというと、どうやら進駐軍のお陰らしい。
日本の軍事施設は米軍に接収され、米軍目当ての飲食店やクラブが出来始め、そこに教育テレビ(現朝日テレビ)が開設されるて、テレビ局が「教育」から「一般」局になると、芸能人やファッションモデルが出入りする飲食店が出来始め、おまけに外人が多い街ということで若者が群がり始め・・・という循環が起こり、東京の古くからの繁華街である銀座、浅草、新宿とは違った繁華街が形成されたらしい。
わたしの記憶では、昭和30年代は六本木なんて俳優座があるだけの暗い街だった。
そんな六本木に、もう一つ文化とオフィスの街の貌を加えたのが森ビルの再開発(アークヒルズ、六本木ヒルズ)だ。いまでは自衛隊跡地に東京ミッドタウンや国立新美術館も出来たから、昼間はオフィスや文化の町、夜はバー・クラブの街になった。
TV局の開設(芸能人)で街が変わったという点では旧フジTVの新宿河田町やTBSの赤坂があるが、オフィスと文化施設の集積という点では、断然、六本木がリードしている。
森ビルは自己のビル群をケーブルカーで結ぶという構想を持っているし、成田からヘリコプターで六本木のホテルの屋上まで30分で結ぶといっている。
現在の若者相手の町からさらに変わりそうだ。