一枚目、清水観音堂。三枚目、穴稲荷。
穴稲荷は、表札によれば上野の森の先住民の狐を祀ったもので、寛永のはじめ、天海僧正が寛永寺草創の際、忍ヶ岡の狐が住処を失ったのを哀れみ、一洞を創りその上に祠を創り祀ったのが始まりという。そもそもは花園稲荷の旧跡であり、正しくは忍ヶ岡稲荷というのだそうだ。
天海は家康の政治・宗教顧問。葦名家出身で、実は足利将軍義澄の末の子とか、じつは明智光秀だったとかいう説もある謎のある人物。内田康夫「地の日、天の海」は若き日の天海(隋風)を通じて信長、秀吉、家康を描いた謎の戦国史。
五枚目はGF1.