西新宿の青梅街道筋 5
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この立派なお堂に収まっているのは「成子子育て地蔵尊」である。
場所は、成子坂下交差点際の日土地ビルの脇。

成子の地名は古くからあったと思われるが、町名としては柏木村の大字として、柏木成子町と柏木淀橋町が淀橋区定立直前まで存在していた。

町会名としては、「西新宿八丁目成子町会」(前身名「成子坂下町会」)があるが、青梅街道筋の高層ビル化の進展により、現在は休会中という。


隣のビルも「成子ハイツ」を名乗っているが、現在の住居表示は東京都新宿区西新宿6丁目で、ここは旧成子町ではないと思われる。
町会名としても「成子町会」は西新宿8丁目の一部である。


とすると、ここに「成子子育て地蔵尊」が鎮座するのはおかしいので、 青梅街道の北側の住友不動産タワービル(西新宿8丁目)の敷地内にあった‎ものを遷座させたものではないかと思われる。

この地蔵の由来については「淀橋」という橋の名に匹敵するような哀しく恐ろしい因縁話がある。
# by aizak3 | 2014-01-24 16:42
西新宿の青梅街道筋 4
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東京医大病院前に至ると再開発のため、旧棟を壊しているのが目に入った。
西新宿の青梅街道というテーマをあらかじめ設定していなければ、見過ごしていたかも知れない。(現に前を幾度も通りながら一度も撮ったことはない)


東京医大病院は西新宿最大の巨大総合病院。


平成16年度実績では
入院患者数:年間330,388人(延数)/1日平均898.2人
外来患者数:年間720,096人(延数)/1日平均2,667人
救急患者数:年間29,667人(延数)


医大病院は昭和6年5月 - 東京医学専門学校付属淀橋診療所として開設されたのが始り。
病院本館(地上19階建)は1986年(昭和61年)の完成当時、日本で最高層の病院建築だったという。


それが平成23年11月「建築計画のお知らせ」が掲示され、地上8階・地下1階・高さ28.0mの建物ほか10棟を解体し、延べ建築面積1万6335.84平方メートル、地上16階建て、地下なし、高さ78.04メートル、となる予定なんだそうだ。用途は学校。


東京医大の本部は新宿六丁目1-1(四谷電話局の裏)の医大通りにあるが、こっちに本校を移転するのだろうか。


同校出身の山田風太郎の「戦中日記」には、戦争末期の同校の飯田への疎開話が出てくる。
風太郎(ぷーたろー)は東京大空襲で何度も火災のまちを逃げ惑いながら、医学書ならぬ仏文学書を毎晩読みふけっていた。そのくせ、終戦(敗戦降伏)の報を知ると竹槍で占領軍を一人でも討つべきと決意したそうな(戦争末期には軍医速成所として扱われていたらしい)
晩年の『人間臨終録』は実に面白い。


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# by aizak3 | 2014-01-23 22:07
西新宿の青梅街道筋 3
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新宿アイランドビルから成子天神方面の眺めである。
青梅街道はほぼ真西に向って走っている。だから、午後を過ぎれば片側は暗くなる。


ところで、日本で多用されるアイランド(island)とは「(島のように孤立して)周囲とは異なる空間」「周囲から際立って自己主張している空間」「並じゃない空間」というニュアンスの言葉らしい。

これが700年英国の支配と闘っている「愛蘭土」(アイルランド、ケルト人の島)という意味のニュアンスで使われるのだったなら凄いのにね。
そんなわけないさ。人集めの呼称なんだから。
# by aizak3 | 2014-01-22 12:40